近年、デジタルによるビジネス変革、デジタルトランスフォーメーション(DX)が経営課題として認知されるようになった一方、多くの企業で実践が進んでいないという現実もある。ビジネスにとってITやデジタル技術が不可欠とされる中で、企業がその活用を効果的に進められない背景には、一体何があるのだろうか。その状況を変えるために、起こすべき「変化」とは何なのだろうか。元日本マイクロソフトで「伝説のエバンジェリスト」として知られ、現在は株式会社圓窓の代表取締役を務める澤円氏と、コンタクトセンターのクラウドプラットフォームを中心にソリューションを提供する、ナイスジャパン株式会社 日本法人社長の安藤竜一氏による対談から考えてみたい。
(左から)ナイスジャパン株式会社 日本法人社長 安藤竜一氏、株式会社圓窓 代表取締役 澤円氏もはや経営者の「ITはわからない」という言い訳は通用しない
安藤竜一氏(以下、安藤氏):ナイスジャパンは、カスタマーエクスペリエンスのプラットフォーム「CXone」をSaaSで提供しています。ご提案時には、お客様の持つコンタクトセンターの仕組みを、クラウド化するかしないかという議論が出てくるのですが、まだまだ「クラウドには移行できない」とおっしゃる経営者が多い印象があります。
澤円氏(以下、澤氏):そうなのですか?
安藤氏:はい。コンタクトセンターは業務の性質上、顧客情報のデータベースを扱いますよね。すると、「セキュリティの面でクラウド化は難しい」と難色を示されることが多いのです。
澤氏:いや、ちょっと信じられないですね。そんなケースがいまだに多いというのが事実なら、それはひとえに企業の経営層がITの勉強をしてこなかったことの表れだと思います。
安藤氏:残念なことですよね。特に金融業界などには、まだそうした傾向が根強く残っている印象です。
澤氏:近年のITセキュリティの文脈ではそもそもクラウドとオンプレミスを区別して考えること自体がナンセンスです。さらに「何か問題が起きた時にきちんと対応して、それが致命傷にならないように備えておく」という考え方が主流になりつつあります。なぜ、結果的に「クラウド化は難しい」になってしまうのか、理解に苦しみます。
この期におよんで、「クラウドはセキュリティが」などと反射的に言う経営者は、そうした状況を知らないし、知ろうとも思っていないのでしょうね。
株式会社圓窓 代表取締役 澤円氏安藤氏:経営者の中には、「自分がこの立場にいる間は、今の状況を変えて冒険するつもりはない」と明言される方もいます。
澤氏:いますね。経営層の方々には、本当に危機感を持っていただきたいのですが、もはや経営において「ITについては、自分は分からない」という言い訳は通用しません。分からない人がトップに居座り「自分が分かるように説明しなければ認めない」と言うのであれば、それがビジネスの大きなボトルネックになります。分からなければ勉強しなければならないし、その気がなければ、ITに関わるすべての権限を、分かっている人に委譲するか、今すぐに辞表を出して世代交代を一気に進めた方がいいでしょうね。
ITを活用するための「スキル」と「センス」を手に入れる方法
安藤氏:日本企業で、経営トップがテクノロジーを評価できないという状況が変わらない背景には、キャリアとしてITをメインに手がけてこられた方が、経営の中枢になかなか食い込めないという事情もあると思います。
澤氏:最近は経営やビジネスに積極的に関与していくIT部門の責任者も少しずつ増えてきてはいますね。ITが企業活動にとって不可欠なリソースである以上、本来は、ITの責任者が経営に口を出せない状況はあってはならないはずなのです。
安藤氏:現実には、なかなかそうはなりません。その理由は何なのでしょうか。
澤氏:それには、ITをベンダーに丸投げしてきた日本企業の歴史も影響しているのではないでしょうか。アウトソーシングとしての「IT丸投げ」が常態化すると、事業会社側にITのノウハウはほとんど蓄積されません。一番詳しいのは、ITベンダーから派遣で来ているエンジニアだったというような困った状況も出てきます。
そうしたゆがんだ状態を健全な形に変えていくためにも、今後は、事業会社が自社にIT活用についてのナレッジを蓄積していくような「内製化」の流れは必要になっていくでしょうね。
安藤氏:私もクラウドシフトと内製化は、並行して進められるべきだと思っています。とはいえ、これまでの経緯を考えると、日本企業には、ITを不可欠なものとして織り込みながら経営をデザインしていく能力というのが足りておらず、今後も育ちにくいのではないかと危惧してしまうのですが。
ナイスジャパン株式会社 日本法人社長 安藤竜一氏澤氏:企業がITを活用しながら、ビジネスをデザインしていく「内製化」の取り組みについて、最近僕は、ファッションの「コーディネート」になぞらえて話すことがあります。
企業が内製化を進めていく上で重要なのは「スキル」と「センス」です。例えば、自分に似合いそうなシャツが、お店で売っているとします。これは、お金を工面すれば、すぐに手に入ります。ここでの「シャツ」は「スキル」に該当します。
既にセンスがある人は、自分で気に入ったシャツを買い、他のアイテムと何となく組み合わせて出かければ「いいね」とほめてもらえます。アイテムは、自社に既にある他のスキルや、ビジネス上の強みを指します。
もし現状それができなければ、「鏡」を見ながら自分なりに良いと思う組み合わせを試行錯誤し、さらに友人に意見を聞くことで「センス」の不足を補えます。「鏡」は「フィードバックを受けるための仕組み」であり、これには「社内のIT人材」も含まれます。友人は、コーディネートを客観的に評価してくれるアドバイザーです。
これを続けているうちに、自分に合うアイテムの傾向や組み合わせが分かってきて「センス」が育ちます。センスの良い着こなしが、自分で鏡を見ればできるようになる。これ、「内製化」のプロセスと、とても似ているのですね。
トライ&エラーを繰り返し、デジタルによるビジネス革新へチャレンジを
安藤氏:コーディネートのたとえはユニークですね。今のお話しの中で「フィードバックを得るための仕組み」を「鏡」にたとえておられましたが、フィードバックループを作り出す仕組みとしてポピュラーな「PDCAサイクル」を、業務の中でうまく回せている企業もまだ少ないように感じます。
澤氏:特に日本企業の場合、「Plan」(計画)と「Check」(評価)に手間と時間を割きすぎる傾向がありますよね。より重要なのは「Do」(実行)と「Action」(改善)のはずなのですが、なかなか「Do」が始まらなかったり、「Action」が決まらなかったりします。
安藤氏:日本企業は、そうしたプロセスマネジメントの時間軸についても、よりスピーディーなものに変えるべきだと思います。
私が関わっているカスタマーサービスの領域もそうです。例えば、VoC(Voice of Customer)は「生もの」であり、お客さんが、その声を発してくれた時が、最も価値が高いのです。それを一旦寝かせて、3カ月に1度の役員会でまとめて議論しているようでは、価値は大きく減ります。問題を提起してくれたお客様がいれば、それをすぐに拾い上げ、経営層に知らせながら改善に向けて動きだすことで、VoCの価値を最大化できるわけです。こうした状況を作っていくためには、業務のプロセスに対する向き合い方を、従来とは変える必要があります。
澤氏:シリコンバレーのベンチャーなどでは、プロダクトを世に出して、カスタマーからのフィードバックを元に改善をしてまた世に出すというループを速いペースで何回も繰り返すことで、完成度をぐんぐん上げていくという作り方が一般的です。日本企業の場合は「ちゃんとした完成度の高いものを出さないといけない」みたいな感覚が足かせになって、時間軸が長くなるのかもしれませんね。
安藤氏:多くの日本企業にとっても、ビジネスのさまざまな領域にクラウドを取り入れることで、継続的な改善やトライ&エラーはとてもやりやすくなると思います。「これがやりたい」と思ったら、まずやってみる。その結果が良好であれば、この先どう拡大するかを考えて、駄目なら別の方法を考える。そのサイクルを、今までの日本企業の時間軸とはまったく異なるレベルで回していくことができます。それにはじめるためのハードルも、非常に低いです。
クラウドサービスベンダーにいる私としては、利便性、柔軟性、トライ&エラーのしやすさといったクラウドのメリットをフルに生かしながら、1社でも多くの日本企業に、デジタルによるビジネス革新へチャレンジしてほしいと願っています。